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多様化する沖縄 芸人が米軍基地でしたこと|沖縄県

2017/10/15 13:00

吉本興業が2011年にスタートした全国47都道府県「あなたの街に住みますプロジェクト」。芸人達が地元の企業や自治体、住民と組んで地域おこしに挑む。

「いちいち計量するな。鷲づかみでいいんだよ。わかったか」

2メートル近い巨体のアメリカ人にそう言われたのは、沖縄県住みます芸人の「ありんくりん」の比嘉竜太が、県内の米軍基地にあるレストランでアルバイトをしていたときのことである。キッチンでサンドイッチづくりを命じられ、挽き肉を完璧に盛っていたら怒鳴られたのだ。「テキトーでいいから、とにかく早く。大切なのは時間だ」

言葉の壁を乗り越えて基地で働き始めた竜太だったが「日本とアメリカでは働き方が全然違う」ことに戸惑った。

レストランやホテルの経営に詳しい那覇JCの渕辺俊紀理事長は、こう解説する。

「確かにアメリカ人は合理的ですよね。ハワイやラスベガスのレストランに行って従業員の働き方を研究したことがあるのですが、アメリカ人の給仕は日本人と比べて仕事のスピードが圧倒的に早い。オーダーは完璧に暗記し、笑顔を絶やさず、お客さんが食事を楽しむことに対して徹底的に努力をする。つまり付加価値を生み出す生産性向上に集中するのです」

─うちの父はもっと合理的ですよ。

そう笑うのは竜太の相方、伊保クリスである。父がアメリカ陸軍の軍人であるクリスは、基地で生まれた。母もまたアメリカ人と日本人のハーフで、家庭の会話は英語。しかしある日突然、父がこんなことを言い出した。

「今日から英語で話すことを禁止する。会話はすべて日本語だ」

理由は、父が軍を辞めて県内の自動車会社に転職するからだった。

急速に多様化が進む沖縄。県内には米軍関係者が2万5000人いる。だがなんと外国人旅行者は1カ月間で100万人もやってくるのだ。日本とアメリカという二項対立では言い表せないほど地域の価値観は複雑化している。

こんなときは、ありんくりんのように思い切って相手の懐に飛び込んでみることが重要だ。小さな一歩でも、踏み出せば、やがて大きな変化になる。

渕辺理事長はこう語る。「国際交流のスキル、これが沖縄の得意とするところになりそうですよ。そうしてこそ地域の産業は大きく発展すると思うのです」


渕辺俊紀◎1980年沖縄県豊見城生まれ。98年沖縄尚学高校卒業。2009年ジェイシーシー入社。10年那覇JC入会、14年沖縄ブロック協議会・憲法から考える未来創造委員会委員長などを経て、17年那覇JC理事長に就任。スローガンは「挑戦と創造 〜時代に挑み、次代を創る青年たれ〜」。

ありんくりん◎ボケ担当「比嘉竜太」(1992年沖縄県生まれ)とツッコミ担当「伊保クリス」(93年同県生まれ)のコンビ。2014年に結成し、16年に沖縄県住みます芸人に就任。RBCテレビ「ラフピー!」、kawaiianTV「ちゅらkawaiian」、よしもと沖縄花月などに出演中。

Text by Hideyuki Kitajima|Photographs by Shinya Kondo