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北海道の地にサッカーを根付かせた功労者に学ぶ、空気を変えるキセキの組織運営術

2020/09/20 09:00


 

組織改革は、タイミングが重要

 

野並:経営者になり、特にどのような点に苦労されましたか。

 

野々村:選手というのは基本的に監督の立てた戦術、要求に応えてこそポジションを獲得できるものです。そのために努力をしますよね。一方でマネジメントサイドは、その監督を連れてこなければならない。このタイミングが難しい。17年までのコンサドーレは、超守備型の戦術をとっていました。J2に落ちないために、監督はそうせざるを得なかったのです。その方針に間違いはなかったと思っています。しかし、そこにはデメリットもあるのです。守備に重きを置いた練習を毎日やっていると、選手のクリエイティブな感性が削がれていく。サポーターに対しても楽しいサッカーを魅せているとはとても言えません。こうした部分も見越して、ビジネスパートナーとの関係を強化してきました。チームの売り上げが伸びれば、海外から優れた技術をもった選手を連れてくることも、選手の育成に力を入れることもできる。強豪クラブとも真正面から堂々と渡り合える戦力が整ったと判断し、18年に新たな監督を招聘しました。それが攻撃サッカーに定評のある、ミハイロ・ペトロヴィッチ(以下ミシャ)です。

 

野並:なるほど、チームを次のステージに引き上げるための準備をきちんと整えていたのですね。だから、コンサドーレの選手は、ミシャの戦術にすぐにフィットできたのですね。

 

野々村:例えば、ミニゲームをして、素晴らしいコンビネーションからゴールが生まれたとします。超守備型の戦術をとっていた時代には、なぜ、シュートを打たれたのか、その前の展開を止めることはできなかったのか、といったふうに選手たちは守備の方法についてとことん話し合っていました。ところが、ミシャに変わって同じような展開でゴールが生まれると、彼は守備のミスを責めず、むしろ攻撃した側の選手のコンビネーションやシュートに対して、ブラボーと拍手を送る。すると、ピッチ上の空気が今までとガラリと変わったのです。選手たちは、ミシャのブラボーが欲しいから、そういうプレーをしようと心がけるようになります。今度はクリエイティブな部分がどんどん伸びていく。選手たちは、次のシーズンに自分たちが目指すべきサッカーが変わることを知り、戸惑うことなくシフトしました。なぜなら、チームの戦力が向上していたので、選手は意識せずとも、ミシャの戦術をすぐに理解できるレベルに達していたからです。こうした空気をつくっていくことが、マネジメントする側の役割です。


野並
:一般のビジネスに置き換えても、非常に参考になる話です。例えば、経営者が会社を成長させるために、これからはデジタル・トランスフォーメーションだ、オープンイノベーションだと号令をかけても、組織全体にそういう空気がなければ、やらされ感だけが残ります。これでは、経営者の思い描くような成果は上げられません。

 

野々村:一般企業のビジネスのことはよくわかりませんが、少なくとも新しいことにチャレンジするときには、タイミングが何より重要なのではないかと思います。「これからの自分たちのビジネスにはこういう手法が必要だよな」という空気が社員の間に満ちていれば、すぐにアジャストできるのではないでしょうか。

野並:実際に、コンサドーレは監督交代後、すぐに結果を出しました。18年には、J1リーグで4位。19年には、三大カップのひとつ、ルヴァン杯の決勝の舞台にも立ちました。残念ながらPK戦で敗れはしましたが、コンサドーレの可能性を感じ取ることのできた素晴らしい試合でした。小さな奇跡が積み重なり、それが軌跡となって、近い将来、大きな奇跡が起こる雰囲気を感じます。

 

野々村:チームが着実に成長している感触は得ています。しかし、ここからが本当のチャレンジになっていくと思います。常に優勝争いをしているクラブに比べると、コンサドーレにはまだまだ足りない部分が多い。そこをどう補填し強化につなげていくか、私が率先して考えなければならないことだと思っています。

 

野並:コンサドーレは売り上げも、観客動員数も急伸しています。道民から愛されるクラブになりましたね。今後、さらに魅力的なクラブにしていくために、野々村社長がどんな手を打ってくるのか、楽しみです。私たちもさらなる進化のために、コンサドーレのように、同じ価値観を共有できる仲間をたくさんつくりたいですね。

 

野々村:1994年、コンサドーレを札幌に誘致するために、JCI札幌の方々が31万人もの署名を集めてくれました。そういうスケールで物事を考えてくれたらうれしいですね。JCI日本という組織には、多くの人々を幸福にできる力があると思っていますので。


野々村芳和/YOSHIKAZU NONOMURA
1972年生まれ、静岡県清水市出身。慶應義塾大学卒業。95年ジェフユナイテッド市原加入。 2000年コンサドーレ札幌へ移籍。13年株式会社コンサドーレ代表取締役社長に就任。154月公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事就任。

 

野並晃/AKIRA NONAMI
1981年神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。株式会社崎陽軒専務取締役。 2013JCI横浜入会、19年同理事長。15JCI日本総務委員会副委員長、18年同公益資本主義推進委員会委員長、20年同副会頭就任。

Text by Hiroshi Shinohara | Photographs by Masahiro Miki