• HOME
  • 最悪の状況を想定して最善の策を考える、カリスマ産業医が教える、クライシスマネジメント

最悪の状況を想定して最善の策を考える、カリスマ産業医が教える、クライシスマネジメント

2020/05/26 18:23

大企業、外資系企業、メガベンチャー……。ビジネスパーソンの健康リスクに向き合い、経営者から絶大な信頼を得ている産業医、大室正志氏。新型コロナウイルスが蔓延する日本が進むべき方向はどうあるべきか、JCI日本会頭、石田全史がオンライン対談で鋭く切り込んだ。


もうひとつの健康

石田全史(以下石田):JCI日本の会員の約9割が経営者、あるいは会社役員を務めています。全国の青年会議所の理事長とオンラインミーティングをすると、新型コロナウイルスが蔓延するなかで、どのように活動していくべきか議論は白熱するのですが、なかなか正しい解にたどり着けない状態が続いています。

大室正志先生は長年にわたり産業医としてビジネスパーソンの健康リスクの問題と向き合ってこられました。また、最新ビジネスの動向にも非常に詳しいことで知られています。本日は、危機的状況に置かれた国内企業がこれから生き残っていくためにはどのような対策を打つべきか、ご教示いただきたいと思っています。

大室正志(以下大室):まず、総論から申し上げましょう。2020年4月7日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されました。多くの企業が活動自粛、休業を余儀なくされ、日本経済も深刻なダメージを受けています。経営者の方々は口々に、「これからどうなるのですかね」と不安な心情を吐露されます。

各国の研究機関のレポートを読むと、高温・多湿の時期に流行が収まるのではないか、アビガンなどの既存の薬が効くのではないか、あるいは海藻がウイルスに強いのではないかといった仮説も出てきています。けれども、どれも確かなエビデンスがあるわけではありません。現時点では、どうなるかわからないとしか医師の立場では言えないのです。

こうした状況のときには、ひとつの判断ミスが命取りになります。最悪のシナリオも含めて、Aプラン、Bプラン、Cプランといったようにあらかじめ対策を講じておくことが大切です。いつ社会活動が再開されてもいいように、きちんと準備しておくことがリーダーの役割になると言えるでしょう。

石田:今は日本全体が少し情緒不安定になっていて、メディア、ネットあるいはインフルエンサーが発信する不確かな情報に振り回されてしまう国民がたくさんいます。経営者は、ポジティブにもネガティブにも傾くことなく、科学的根拠に基づいた情報を正しく理解し、冷静に判断しなければならないのですね。

大室:この時期、情報が錯綜するのは仕方のないことです。「今後18カ月くらいでワクチンができそうだ」「新型肺炎に効く抗ウイルス薬の開発に米国が着手した」。様々なニュースが毎日のように私たちのもとに飛び込んできます。しかし、本当にワクチンができるのか、確証はありません。02年に流行したSARSも、12年のMERSもいまだにワクチンは開発されていないのです。

石田:一般的にワクチンの開発には相当な年月と、莫大な費用が掛かると言われています。臨床試験にパスするまでにいくつもの壁をクリアしなければなりません。

大室:現実路線で考えると、既存の薬、治療法で重症化を防ぐ〝勝ちパターン〟が生まれるのが望ましいと私は思っています。多くの人が誤解しているのは、ワクチンが開発されなければ、いつまでも経済活動ができないと考えていることです。長期戦も覚悟する必要はありますが、例えば、ある薬が新型コロナウイルスに効くという確かなエビデンスが発表され致死率が大幅に下がれば、この得体の知れない病気を許容できるようになるかもしれません。〝勝ちパターン〟が見えてくれば、だいぶ世相も変わるのではないでしょうか。

石田:その場合、どこが許容値になるかで、新たな議論が沸騰しそうですね。

大室:まさにその通りで、医学が示せるのはデータだけです。このとき社会全体がゼロリスクを求めると、経済活動はさらに混迷を深めるでしょう。倒産する会社、失業者も月ごとに増えていくかもしれません。失業率1%で2000人以上の自殺者が出るという試算もあります。

石田:1986年のチェルノブイリ原発事故では、放射線が直接の原因でたくさんの方が亡くなりました。しかしそれ以上に、経済活動の制限、生活環境の変化がその後の被害をさらに大きくしたといわれています。

大室:あのときは、ストレス関連の心疾患や自殺で命を落とした人のほうがはるかに多かった。そう考えると、現在、日本で盛んに交わされている、経済と人の命のどちらが大切なのかという議論は、ナンセンスです。経済の停滞は、確実に人々の心身の健康を蝕んでいくのです。

石田:事実、今回のコロナ禍でも社会活動を停止された人々のストレスを起因として、様々な問題が顕在化しています。欧米では、家庭内暴力が社会問題化し、南米では都市のロックダウンに抗議する大規模デモや暴動も起きています。

大室:私見を述べると、社会はこの感染症を恐れるだけでなく、どう付き合っていくべきか思考を変えるフェーズにきていると思っています。

石田:JCI日本でも、このウイルスとうまく共生できるという感触をもっている会員は、少数だと思います。早急に共生期間における経済活動についての戦略を立てなければなりません。



Text by Hiroshi Shinohara | Photographs by Masahiro Miki