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一人ひとりが考え、行動する。 自律型の強い組織をつくろう

2020/07/08 14:00

ノルディック複合選手としてオリンピック、ワールドカップ双方の大舞台で頂点に立ったスキー界のレジェンド、荻原健司氏は独特のリーダー哲学をもつことでも知られる。JCI日本専務理事・岡部栄一との対談では、今、日本社会に求められるのは、自律型組織の醸成だと持説を展開した。


トップアスリートのメンタル

岡部栄一(以下岡部):新型コロナウイルスの感染拡大によって、今、世界中の人々の暮らしと健康が脅かされています。3月11日にはWHOがパンデミックを宣言、多くの国で感染者と死者の増加傾向が続いています。今後も世界のあらゆる地域でオーバーシュートが起きることが予想され、残念ながら東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定しました。

日本は何とか医療崩壊を食い止めていますが、依然予断を許さない状態が続いています。世界が重苦しい空気に包まれるなか、いち早く助けを必要としている人々に多額の寄付を行っているのがスポーツ界のスーパースターたちです。オリンピックをはじめ、活躍の場を奪われた彼らは自らの置かれた状況を嘆くどころか、むしろ苦境に陥った人々の救いになろうと率先して社会貢献活動を行っています。そうしたアスリートの皆さんの姿に私も心を動かされています。

荻原健司(以下荻原):そもそもスポーツイベントというのは、様々な方の支援がなければ成立しません。スポンサー、ファン、ボランティア、運営サイド……。大会の成否は、アスリート個々の力よりも、陰で選手を支える人々の力によって決まるといってもいいでしょう。トップアスリートほどそのことをよく理解しています。だからこそ、スポーツを愛する人々、ファンへの感謝の気持ちが強い。有事、平時を問わず困っている人々のために自分に何ができるかを常に考えています。つまり、そこのプライオリティを高めることに余念がないのです。

岡部:昨年まで、オリンピックの延期を想定していた選手など誰ひとりいなかったはずです。大会が一年延期されると、どの競技も勢力図が大きく変わります。子供のころから夢を描き、手が届きそうだった憧れの舞台に立てなくなる選手も相当数出てくるかもしれません。そんな状況でも、誰も不満を言いませんよね。これだけ社会が混乱し、分断も起きつつあるのに、アスリートの皆さんは人間らしい思考で、良識的な方向で物事を捉えていますね。

荻原:アスリートというのは、練習計画を立て、目前の大会に向けてピークをもっていきます。しかし、自分たちで開催期間や開催場所を決める権限はありません。選手にできるのは主催者側の決定に従い、アジャストするだけです。今はスポーツよりも人々の健康を守るほうがはるかに大切です。オリンピックを目指すアスリートであれば、一年後に向けてどう準備を進めるか、すでに気持ちを切り替えているはずです。

岡部:そういえば、荻原さんの現役時代というのは、オリンピックの転換期でもありましたね。1992年までは、夏季、冬季ともオリンピックは同じ年に行われていました。オリンピックという祭典が巨大化していくなかで、夏季と冬季の同一年の運営が困難になり、開催時期をずらすため冬季オリンピックが2年間隔となったことがあります。それが94年のリレハンメルオリンピックでした。

92年のアルベールビルオリンピック、94年のリレハンメルオリンピックで華々しい活躍された荻原さんの記憶が今も鮮明に残っています。ノルディック複合団体では日本チームのエースとして2大会連続の金メダル獲得に大きく貢献されました。オリンピック史上初となる開催時期の変更は荻原さんの競技生活においてどのような影響を及ぼしたのでしょうか。

荻原:90年代前半というのは、スキー選手として最も脂が乗っていた時期だったので、IOCの下した決断は、私にとっては幸運でした。しかしメダルを獲得した以上に私にとって重要だったのは、この期間に人間として成長できたことだと思っています。アルベールビルオリンピックで金メダルを獲得した後、私は今までの努力が報われたと、達成感に満たされていました。

そんなときにそれまで一通もいただいたことのないファンレターが大量に手元に届いたのです。封を開ける前は、「おめでとう」という祝福の言葉を大勢の方からいただいたのだろうと思っていました。しかし、実際に手紙を読み始めると、私の想像とはまったく違うことが書かれていたのです。

当時の日本はバブルが崩壊し、景気後退期に突入したばかりでした。多くの人々が困難な状況に置かれ、不安、心配を抱えながら生活していました。そんな人々が、私が競技する姿を見て、勇気づけられたと綴ってくれていたのです。

同様の内容は1、2通ではありませんでした。手紙をすべて読み終えるころには、好きなスキーをやって、オリンピックにも出て、金メダルも獲れてこんなに幸せなことはないのに、血の滲むような努力をしてきたと満足している自分を恥じるようになっていました。

スポーツ選手として第一に考えなければならないのは、常に結果を出し続けることだと気付きました。私がいい成績を残すことで、前向きな気持ちになってくれる人がいる。自分のためだけでなく、他の誰かのために戦いたいと思った瞬間でした。実はオリンピックでメダルを獲ってからのほうがモチベーションは格段に上がったのです。どんな状況に置かれても諦めずに最善を尽くすメンタルがこの時期に備わったのだと自分では思っています。




Text by Hiroshi Shinohara | Photographs by Masahiro Miki