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型にはまったリーダー像を求めるな 自分だけができる組織の動かし方を探せ

2020/04/15 12:00

弱冠23歳で社会人野球チームの監督になった片岡安祐美さんは、その4年後、チームを日本一に導いた。 「萩本欽一」という偉大な前監督からチームを託され、もがき苦しんだ先に見つけたオリジナルのリーダー像への道程に迫る。



社会人野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」で選手兼監督を務める片岡安祐美は現在、33歳だ。このあたりの年齢といえば、青年会議所では中堅どころからリーダーへと着実に自己成長を遂げている最中だろう。片岡の場合は、当時23歳で前任者の萩本欽一から「次の監督になってくれ」と指名を受けた。

大学を出たばかりの年齢でしかない自分が、いきなり組織を率いる使命と向き合うことになったと想像してみてほしい。彼女がひたむきに歩んできた軌跡は、多くのJAYCEEにとっての道標にもなるはずだ。

欽ちゃんからもらったヒントは「可愛がられる監督」だった

萩本欽一が2005年に立ち上げた球団に、片岡は創設時から在籍している。
07年と08年の全日本クラブ野球選手権大会では優勝の歓喜に酔いしれた。

だが、10年のシーズン終了後に苦難が始まる。それまで絶対的なリーダーとしてチームを牽引してきた萩本から突如として監督就任を言い渡されたのだ。「欽ちゃんからは『なぜ、私を監督にしたのか』という意図については何も聞かされてないです。『これから先、どんなチームにしていってほしいのか』という目指すべき方向に関しても何ひとつ明示されていません(笑)。

急に『次の監督は安祐美だからな!』と言われたときには、『まだ私は若いのに選手としてもう終わりなんですか!』という気持ちが本当に強かったんです。ある日、遠征から帰る飛行機のなかで、泣きながら相談しました。

そのとき、欽ちゃんからは『それは違うよ。これからは、お前が監督なんだから、スタメンでも代打でも好きなときに試合に出られるじゃないか。そういう権利があるんだから、お前の好きなようにやりなさい。その代わり、可愛がられる監督になりなさいよ』と言われました」

萩本の人を見る目は、芸能界でも随一だ。大将という敬称に異を唱える者はいないだろう。長きにわたる活躍のなかで、数多くのタレントを発掘してきた。しかしながら、あの欽ちゃんファミリーについては「育てた覚えがないし、芸を教えた覚えもない」と語っている。

「全部を教えることはしない」というのが、大将の流儀だ。本当に大事なことだけを伝えて、後は自分自身で成長曲線を描かせるようにする。育てたり、教えたりするのではなく、「いい物語をつくってあげたい」との思いで若い才能と向き合ってきた。

片岡に贈った「可愛がられる監督になりなさいよ」という15文字も、大将ならではの金言ならぬ欽言だ。いかなる書物の山にも勝る名峰であり、その頂をはるかに望むところから彼女の物語は幕を開けた。

「野球界で『可愛がられる監督』という存在自体、前例がないんですよね(笑)。そもそも、男性選手のなかで指揮を執る女性監督がいなかったと思います。全日本クラブ野球選手権に出場するような社会人チームにおいては、私が初めてでした」

確かに、すべてにおいて前例がなかった。年齢、性別、可愛がられる監督という存在。まだ、誰も登頂したことのない山は、想像以上に険しかったのだ。

Text by Kiyoto Kuniryo | Photographs by Kiyoshi Hirasawa