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医療部会 カンボジアミッション 体験記4

2019/12/14 15:00

④(最終)カンボジア医科学生への医科歯科講演、サンライズジャパンホスピタル見学

日本青年会議所医療部会、カンボジア医療ミッション、最終報告となります。

2019年度カンボジア医療ミッションでは、将来を担うカンボジア内部での人財を育てるための新たな取り組みとして、ボランティア活動に興味をもつ現地の学生や医学生を対象に、日本・カンボジア両国におけるボランティアや医療をテーマとして、交流会を開催している。

日本からは日本のTV番組、情熱大陸などに御出演されている、岩田雅裕歯科をはじめとして、岡山県の石川病院、病院長の石川久医師、京都府のよしき往診クリニックの院長、守上佳樹医師を講師として、招聘し数時間にわたる講演となった。

3人とも、カンボジアの公用語であるクメール語でのスライド作成、通訳を介してのカンボジア医学生への医学的講義(糖尿病、消化器疾患、在宅医療について)としてはかなりボリュームがあったが、現地の医学生は食い入るように講義に参加しており、日本の大学でよく見られるような居眠りや私語は見られず、これからの新しい時代を築いていく若い医学生が大勢、プノンペンのビジネスセンターに朝早くから並び、勉強をしていただいた。

石川医師からは、上部、下部の消化管(胃、十二指腸、大腸の病気)、及び胃癌の原因となるヘリコバクター・ピロリ菌についての講義。

守上医師からは糖尿病の原因と病態、及びカンボジアでも急速な経済成長に伴い、疾患が増加傾向である事、また、日本で現在トピックスとなっている、高齢多死社会に対応するための日本の在宅医療の現状についての講義。

岩田歯科医師からは、多彩なスライドを使用して、これまでの歯科医師チームが行ってきた社会貢献に対する講義を行っていただいた。

講義後の聴講生からの質問も後を絶たず、カンボジアの今後を担う若い学生達の力を力強く感じる瞬間であった。

カンボジアではクメール・ルージュ後、国に医師がほとんどいない状態(全土で医師が40人程度しかいなかったと言われている)となり、急ピッチで医師の排出が試みられ、十分な知識がないまま医学部を卒業した医師たちが各地で医療を行う事態となっており、国民からの医療、医師達への信頼は、日本に比べて非常に薄い。

しかし、今後の若手の医師、歯科医師は先代の教訓を生かし、強力な国をサポートするチームとして稼働してくる可能性が高いと考えられている。

今回の取り組みは、この若い、これからの世代とのコラボレーション企画であったが、岩田医師とJCスタッフはそのまま現地のメディアの取材を受け、同日の夕方のカンボジアのヘッドラインニュースに記者会見の様子が流れる事となり、感慨深いものであった。

 

カンボジア医療ミッション最終日は、日本の医療法人、企業の出資による、プノンペン市街にあるサンライズジャパンホスピタル(http://www.sunrise-hs.com/index.php/jp/)を見学させていただいた。

直接、病院長の林祥史先生に対応、案内して頂き、日本の中核病院と遜色のない巨大な病院内を見学することができた。

カンボジア内の医師の内需雇用だけではなく、日本人医師によるホスピタリティ自体を重要視されており、201610月の開院依頼、現地の信頼を勝ち得て、当日はたくさんの患者さんが病院に受診されていた。

病院内も清潔、また最新の装置、薬剤が揃っており、しっかりした管理体制、セキュリティの中でスタッフが生き生きと働いていた。

廊下はきれいなアメニティで満ちあふれ、小児科の待合室でも、きれいな待合キッズルームで親子が自分たちの診察の順番をまっていらっしゃったが、受診時間を感じさせない工夫がなされていた。



現地でも比較的裕福な層の患者さんが多いとお話されていたが、今後日本人がカンボジアに着任する場合でも、日本と同じような医療体制が受けられる事になり、より日本との距離が縮まっていると感じた。

今後もますます注目の病院である。

日本でのゴールデンウィークをすべて使ってのミッションであったが、全体を通じて、これから大きく世界に羽ばたいていく若い国であるカンボジア、プノンペンの強い気持ちを感じる事ができた。

日本からは医療ボランティアとして活動を行ったが、むしろ、日本の過去の高度成長期の時の古き良き時代を彷彿する、新しい国の鮮やかな生き方、生き生きとした将来性を目の前でみせつけられ、ボランティア団の方が気づきが多く、大変勉強になった期間であった。

 

今後も彼らは高い成長率を維持し、国の発展に大きく寄与して羽ばたいて行くだろう。

ぜひ一度、観光目的の旅行でも、カンボジアの現地の人々と触れ合えるような機会を持つことをお勧めする。

 

日本も負けてはいられない、どのような国を作るとしても、現在の若い力が、必ず将来の糧になるのだと熱い思いを胸に、メンバーと共にプノンペンの国際空港から日本へ帰宅の途に就いた。