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ナレッジマネジメントの世界的第一人者 野中郁次郎

知の巨匠が説く、イノベーションを生む「仕掛け」とは

2018/04/15 13:00

ナレッジマネジメント(知識経営)の世界的第一人者、野中郁次郎氏。1990年代に、当時世界を席巻していた日本企業の競争優位に着目し、その源泉を、知識の創造プロセスに求めた先駆的理論を提唱。経営学史に金字塔を打ち立てた。そして今も多くのスタートアップが、その実践を試みる。そんな知の巨匠が説く、イノベーションを生み出すために経営トップがするべきこと。

池田祥護(以下、池田):野中先生は、知識創造理論の生みの親として知られています。1995年にアメリカで出版された『知識創造企業』(共著、邦訳:東洋経済新報社)では、それまでグローバルビジネスを席巻していた日本企業の事例を取り上げ、そのイノベーションの源泉が、「知識」という経営資源にあると説き、世界の経営論壇やビジネスの現場で高い評価を得ました。まずは、先生が経営学を志したきっかけを教えてください。

野中郁次郎(以下、野中):私は35年生まれの82歳で、子供のころに戦争体験がある世代です。東京の下町、墨田区の業平橋で生まれ育ったのですが、終戦直前の45年3月10日に米軍の爆撃機B29による空襲で家が焼けてしまい、静岡県富士郡(現・富士市)の吉原に疎開しました。

そんなある日、小学校から帰る途中でした。空襲警報が鳴ったので防空頭巾をかぶって山沿いを歩いていたら、上空を飛んでいた戦闘機のグラマンF6Fヘルキャットに見つかり、低空飛行から機銃掃射を受けたのです。間一髪で銃撃から逃れたのですが、その瞬間、パイロットの顔が見えた。笑っていましたよ。私は子供心に、「今に見ていろよ、必ずリベンジするからな」と誓ったのです。

池田:原体験ですね。

野中:そうです。それで、大学卒業後は富士電機(旧・富士電機製造)に就職し、工場や本社で人事教育係を担当したのですが、そのときにインストラクターとして、当時できたばかりの慶応大学のビジネススクールの先生を招聘しました。先生たちはそこで、アメリカで学んできた最新の経営学を教えるわけですよ。ハーバード大学のケースメソッドや、ドラッカーです。それを目の当たりにした私は、「どうもこれはまた負けるな。だったら自ら敵地に乗り込んでやろう」と、そんな思いで留学することにしたのです。

池田:そこで何を学ばれたのですか。

野中:面白いことに、進学先のカリフォルニア大学バークレー校(経営大学院)では、ケースよりも理論を中心に教えていました。私は事業会社で9年間の実務経験があったので、そういう意味でいうと、それはそれで結果的には良かった。ちょうどうまくハイブリッドしたからです。ところが、最近のビジネススクールはケーススタディが少なくなり、サイエンス(分析)に偏る傾向にあります。つまり実践の中から生み出していくアート(直感)の側面が弱くなっているのです。

暗黙知と形式知のスパイラル

池田:なるほど。私はケースを学ぶことが大事だと思っています。自らの確固たる生き方や信念、経験がないとイノベーションを生み出すことはできません。そうしたことは往々にして事例からヒントを得ることができると考えるからです。

野中:その通りですね。サイエンスというのは、個別具体の中から、また生き生きとした経験の中から、それを普遍化する過程で生まれるものなので、まずは経験ありき、というのが我々の立場です。だからそこでは、アートとサイエンスの両方が大事になる。つまり暗黙知と形式知です。暗黙知というのは、自分の主観や思いです。それを実現するためには客観化しなければならない。変換しないと人を納得させられないので、暗黙知と形式知のスパイラル(螺旋状)運動こそがイノベーションの本質であるというのが、知識創造理論の根幹にあるのです。

それは、SECI(セキ)モデル(図表参照)という4つのプロセスで捉えることができます。そこでは、最初に個人の思いや経験に対する「共感」があり、それを「言葉」にし、「物語」にし、そして「実践」の中でトライ&エラーを繰り返して「新しい知」を組織的に生み出していくのです。知と知の組み合わせによる「新しい知」がイノベーションなのです。



一橋大学の野中郁次郎氏と竹内弘高氏が提唱した知識創造理論のフレームワーク。1991年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』(米国版)で掲載され世界的に知られるようになった。イノベーションとは、知と知を組み合わせるニューコンビネーションである。野中氏によると、イノベーションは、暗黙知(主観、アート、思いなど)と形式知(客観、サイエンス、データなど)をスパイラル変換していくプロセスによって生み出されるという。SECI(セキ)モデルは、そんな知の創造スパイラルを次の4象限で捉える。①共同化:スタート地点。各人の思いを共感する。②表出化:共有した思いを概念に変える。③連結化:これらの概念をモデルに変換する④内面化:それを実践することで暗黙知を深化させる。

池田:SECIモデルは実際にどのように使われているのでしょうか。

野中:実は知識創造理論の原点は、1980年代にジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた日本企業がモデルなのです。当時の日本企業は、社内で職種を超えてスクラムを組み、チームの中で共感し、知的バトルをしながら、まさにダイナミックなチームベースのイノベーションを生み出していました。それが日本人の最も得意とするところなのです。しかし近年、多くの日本人はそれを忘れてしまった。サイロ化し数値化されてくるに従い、人間と人間の共感を生み出すという本質的な部分が、どんどん劣化してきているのが現状だと思います。

その一方で、そんな日本企業の長所を学び、イノベーションを生み出し続けているところがある。アメリカです。

彼らは、アジャイル・スクラムという考え方をソフトウエアの開発に応用しました。エンジニアはチームの中で毎日10分でも15分でも一緒になって開発を進めていくペアプログラミングを行う。そして高速でプロトタイプをつくりリリースする。これは我々のSECIモデルをベースにしたものです。

Text by Hideyuki Kitajima|Photographs by Masahiro Miki