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地方空間は新たな時代の価値観を問い直す実験場になる

2019/08/22 14:00

地域の中小企業が人と人をつなぐプラットフォームになる

安宅:落合陽一君は、睡眠以外のすべての時間が仕事であり趣味の時間とする「ワークアズライフ」という考え方を提唱しましたが、僕はさらに「ライフアズバリュー」の時代が来ると思っています。多様であることから自然と価値が生まれていって、所得構造も根底から変わる。そうした新たな時代の生き方を最大限に実験できる空間は、ウルトラ産業化した都市ではないのです。

鎌田
:東京では行いにくいと。

安宅:僕が育った地方の漁村のような町だったら、年に2カ月だけ漁師をして、2カ月だけ畑を耕して、2カ月は運転手でもやろうかなと思っても全然不可能ではないです。全部人手が足りてないわけですから。

鎌田:人材の流動化あるいは新たな働き方を受け入れる器としての役割が地域の企業には求められますね。

安宅:そうですね。企業は人と人をつなぐプラットフォームになると思います。さらに、企業群もパートナーシップを組んで融通し合う。その空間だったら、ひとりで様々なことができるオールラウンダーが育つわけです。

鎌田:多能工化と分散労働を実現して楽しく生きる。是非目指したい地方の未来ですね。

価値観を問い直す空間、「風の谷」を創造する

安宅:これまで日本は都市型の未来しか構想したことがなくて、地方にもミニ都市をつくろうとしている。現実的な答えが、まだコンパクトシティしかない。経済的な観点から見ればそれも正しいけれど、既存の経済構造を前提とした考え方や技術的な限界を超越して、答えを探るべきなのではないかと僕は思っています。

鎌田
:安宅さんは、価値観を問い直す空間としての実験場・「風の谷」がいくつも必要だと、常々話されています。

安宅
:ただこの構想には2つの大きな問題があります。1つはインフラコストの高さ、そしてもう1つは土地の求心力の問題です。

鎌田:1つ目の問題に対しては、本当にその地域が必要としているインフラなのか、そこも大事ですよね。

安宅:人がいない空間のインフラを維持するためには、今までとは違う工夫が必要です。僕の友人で京都の山奥に移住した人がいるのですが、そこには3000人の集落に大工が1人しかいないそうです。大工がいなくなってしまったら集落が滅んでしまうので、東京でホワイトカラーだった人が大工の修業をしているそうです。そのような状況も起きてしまっている。プロの技を要求しないようなインフラをつくらなければならない、そう思うわけです。全部モジュール化して、レゴブロックのように5種類の部品を組み合わせれば橋や道ができるというようにしてお くというのも一案です。

鎌田
:四国の奥地のほうには「かずら橋」というかずらでつくられた橋があります。その橋は、昔は村の人たちが自分で補修していました。なぜできたかというと、まさにモジュール発想で、この太さの丸太とかずらを組み合わせると橋ができる というふうにマニュアル化されていたからです。

安宅:「かずら橋」の21世紀版を是非やりましょう。そして水道管だろうがガス管だろうが、あらゆるものをモジュール化していきましょう。

鎌田:2つ目の求心力についてですが、私の故郷の香川県では、近年「瀬戸内国際芸術祭」というアートの祭典で地域の活性化に成功しています。インフラもないし不便な島々なのですが、今では若い人がどんどん増えています。アートを中心にしたまちづくりがブランド化して求心力を生み出しているのだと思います。

安宅:アートに限らず、その場所を意味のある空間にするために、インフラコストを下げつつ求心力を上げるという実験をあらゆるところでやることが重要ですね。そして、日本で成功した事例はSDGsマークをつけて世界に紹介する。逆に世界の成功事例からは学ばせてもらう。地球の未来のために知恵を出し合う。水づくりとか電力づくりとか、あらゆるものにおいて、都市型の巨大構造物モデルではない社会設計ができるのではないかと思うのです。

鎌田:知的財産戦略ビジョンで提唱している「夢を技術で解いてデザインする」、これをSDGs的な課題において、どんどんやってみるということですね。

安宅:そうですね。そうすれば個人も輝くし地方も復活するのではないでしょうか。


安宅和人◎ー株式会社チーフストラテジーオフィサー。慶應義塾大学環境情報学部教授。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会評議員。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経科学プログラムに入学。2001年春、学位(Ph. D.)取得。ポスドクを経て同年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。08年ヤフー株式会社へ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て12年7月より現職。

Photograph by Shuji Goto