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挑戦なくして、チャンスなし 子供が夢を語れる国をつくろう

2019/03/31 13:00

今なお復興の途上にある東日本大震災から8年。子供たちが未来を描ける強い国をつくるために私たち大人は何をなすべきか。「モースポフェス2019 SUZUKA」開催中の鈴鹿サーキットで、佐藤琢磨氏と福島県出身の石田全史副会頭との対談が実現した。震災直後から継続的に支援活動を続ける佐藤氏は子供たちに何を伝えようとしているのか──。

石田:2011年3月11日、東日本大震災によって、東北地方は甚大な被害を受けました。インディカーレースに参戦していた佐藤さんは、アメリカか ら世界に向けて支援を呼びかけました。

また、復興プロジェクト、「With you Japan」を立ち上げ、長期的な視野に立って、継続して子供たちをサポートされていますね。

佐藤:あの震災の日、ニュースを見た世界中の誰もが被災者の助けになりたいと思ったはずです。国境を越え、世界中の人たちがボランティア活動に参加しているさなか、海外にいる自分に何かできることはないか、僕自身も本当に悩み、自問した結果、レーシングドライバーとして、できる限りのサポートをしていこうと誓いました。

子供は夢を抱いて生きるべき

石田:佐藤さんは特に子供たちへの支援に力を注がれていますが、そこには明確な目的があると感じられます。

佐藤:僕がモータースポーツに触れたのは、F1グランプリがはじめて日本で開催された1987年です。10歳だった僕は、実際、サーキット場で観戦し、その迫力とスピードにすっかり心を奪われました。あのときの興奮は言葉では表現できないほどです。プロのレーシングドライバーになるまでの道のりが順調だったわけではありません。時には、心が折れそうになったこともある。そのとき、モチベーションになったのは、10歳のころに夢見た「あの舞台に自分も立ちたい」という、変わらぬ思いでした。

もちろん、当時の僕と、被災地の子供たちを比べるなんてできません。彼らは僕には計り知れないくらい辛い記憶を背負って生きているのですから。そんな状況に置かれた子供たちに、「夢を持とう」なんて言っていいのか、当初は葛藤もありました。けれども、子供たちと触れ合っていくうちに、夢に向かって挑戦することがいちばん幸せなのではないか。いつしか僕は子供たちの力を信じられるようになっていたんです。

石田:17年、日本人としてはじめて、「インディ500」を制覇されました。それまでにも素晴らしい成績を収めていたにもかかわらず、決して満足しなかった佐藤さんだからこそ、伝えたいメッセージもあったのではないでしょうか。

Text by Hiroshi Shinohara|Photographs by Shuji Goto